2012/9/20:今日の体調

ブログ | 2012/9/20 05:58
おはようございます(^-^)
最近Amazonで『流れのふしぎ』という本を入手した。日頃、目にすることができない空気や水の流れについて、ちょっとした実験や遊びを示し、図を用いてわかりやすく解説したものです。仕事で『流れ』現象を人に説明する機会が多く、非常に参考になりました\(^o^)/

・熱 36.6℃

・体重 73.7kg

・今日の処置
→採血を行なう。

・印象に残った言葉
『つぶれるぐらいのプレッシャーを感じているのが、いちばん好きです。』 イチロー
→知人の女性が冬のミラノを一人旅した。帰国の日、タクシーで空港へ向かったが、突然。イタリア語でなにかを聞いてきた。

イタリア語のできない彼女はうろたえたが、どうやら、ミラノには空港が二つあり、国内線が多く発着するほうに向かってしまったらしいとわかった。

そこからあわててUターンして国際線の発着するほうの空港に向かったのだが、着いたときには、もうファイナルコールが始まっていたそうだ。だが、人の気持ちなんて不思議なものだ。

彼女も、私と同様、ミラノというとこのハラハラドキドキかつエキサイティングな体験が、いまではいちばんの思い出になっているのである。

毎日の暮らしにも、『いったいどうなるんだろう?』と気がもめて仕方がないことがたくさんある。そんなとき、旅先でいろんな体験をした人は強い。

結局、どんなトラブルもなんとか切り抜けられるものだとわかっているからだ。万一うまく乗り越えられない場合の居直り方も見についている。

旅の体験を重ねていれば、トラブルが起きたからといって、そこで旅が終わるわけじゃないと骨身にしみてよくわかる。人生も同じだ。トラブルの先にも人生は続いていく。どんなトラブルも人生のひとこまにすぎない。

そのうえ、あとになると、トラブルのほうがしみじみ懐かしく思い出されるのだ。結局、どんな人生のひとときだって、捨てたんもんじゃないという気になってくる。

トラブルは竹の節みたいなものだ。竹を強く、しなやかにしてくれる。トラブルつきの旅行なら、こうしたトレーニングを積めるのである。
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2012/9/19:今日の体調

ブログ | 2012/9/20 04:45
おはようです(^-^)
今日は、寝坊して6時起きです。4時に起きてしまい、二度寝したのが原因のようです。ただ、二度寝のおかげで、十分に寝た気分になりました。 

・熱 36.4℃

・体重 74.3kg

・昨日の処置
→白血球は3100、血小板は118,000。他、肝機能の数値だけ大きくなっいて、様子をみることに。

・今日の処置
→予定は特になし。

・印象に残った言葉
『わざわいは、最小限に食い止めるなら、幸運とみなすべきだ。』
マキャベリ『君主論』
→私は、見かけによらず、小心者だ。ちょっとしたことで、内心がけっこう不安に揺れてしまう。

ベネチアに行ったときのことだ。ベネチアからミラノまで鉄道でいき、ミラノから日本への直行の飛行機で帰る段取りになっていた。日本でチケットの手配はすんでいる。

だが、ミラノのホテルで念のために確認すると。『あなたの席はない』というではないか。国際線で個人で搭乗した経験のある方は、このあたりでフフーンと察しがつくだろう。

国際線では、登場数日前までにリコンファームをしなければならない。搭乗する意志を再度伝え、席を確認する作業だ。そのリコンファームができていなかったわけである。

私は仮にも日本旅行作家協会会長だ。そのへんに抜かりがあるわけがない。このときもリコンファームをしようと、ホテルのフロントに航空会社の営業所への道を尋ねた。

すると、『こちらでしておきます』というではないか。時間がもったいない観光客にとっては、こんなにありがたい申し出はない。当然、フロントにまかせることにした。これが、大いなるミスだった。

なんとフロントはリコンファームを怠り、もはや席がない。大いにうろたえた。帰国直後に、どうしても出席してスピーチをしなければならないパーティが控えている。予定を延ばすことはできなかった。

結局、日本に連絡し、日本の旅行社の尽力で席を確保してもらい、予定の飛行機で帰国できた。予定の飛行機に乗れるとわかるまでのストレスといったらなかったが、すぎてしまえば、そのドキドキすらも、忘れがたいエピソードとなったものだ。(続く)
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2012/9/18:今日の体調

ブログ | 2012/9/18 05:52
おはようございますo(^▽^)o
昨日は敬老の日で、夕食には赤飯とお吸物、茶碗蒸し、焼き魚としてサケをいただきました\(^o^)/ 特に赤飯は懐かしく、美味しかったですd(^_^o)

・熱 36.4℃

・体重 75.0kg

・今日の処置
→採血と皮膚科受診します。

・印象に残った言葉
『すでにすぎ去ったトラブルを思い起こすことは、なんと快いことか。』 エウリビデス
→旅には人間を鍛える大きな効果があると信じている。昔の人はそれをよく知っているようだ。日本では『かわいい子には旅をさせろ』というし、欧州では中世から近世、貴族や裕福な家の息子は、成人近くになると、欧州大周旅行を試みたものだ。

この周遊旅行を『グランドツアー』という。お供を引き連れ、馬車を何台も連ねて行くもの、主役はお坊っちゃま一人の個人旅行だ。目的は、各国を見聞し、視野を広げてくることが第一義。

いずれにせよ、欧州では早くから、息子の教育の仕上げは旅という考え方が確立されていたということだ。大学生の間にも卒業旅行が普及してきたようだ。

先日、私のところに来た三十代なかばの編集者も、卒業旅行でタイに行ったなどと話していた。もう何年も前から、そういう習慣が始まっていたのだろう。

その編集者の場合、親しい友だちとの三人旅だったという。しかし、聞くと、せっかくの卒業旅行に、いわゆるパック旅行を選ぶ学生が少なくないらしく、これにはちょっとがっかりした。

たしかに、パック旅行にもそれなりにいいところがある。だが、『教育の仕上げの旅』なら、断然、個人旅行をおすすめしたい。なぜなら、このほうがトラブルに遭遇する可能性が高いからだ。

旅行先で思いがけないトラブルに見舞われた場合にどうするか。とっさに考えを切り換えたり、開き直ったり、あるいは『めったにないハプニングだ』と楽しんでしまったり、そんな体験を重ねるうちに、度量が鍛えられていく。(続く)
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2012/9/17:今日の体調

ブログ | 2012/9/17 05:54
おはようございます(^-^)
今朝、昨日の夕食でハッスルし過ぎで胃がもたれてしまいましたσ(^_^;) 今日は、大人しくしておきますσ(^_^;)

・熱 36.7℃

・体重 75.5kg

・昨日と今日の処置
→昨日、点滴が終了。体調は異常なし\(^o^)/
    今日は祝日で予定は特になし。

・印象に残った言葉
『お金が足りないの過半は、夢が足りないだけなんだ。』
→私は、かなりあちこちを旅してきた。目もくらむ豪華な宮殿や劇場を訪れたこともあれば、現代の地球に、またこんな貧しいところがあるのかと驚くようなところもあった。

だが、どんな貧しいところでも、親子や兄弟が肩を寄せ合って、しっかりと生きていたと思う。ペルーにあるインカの都市遺跡マチュピチュを訪れたときもそうだった。

マチュピチュに行くには、インカの都市クスコに宿をとる。この町はずれのサンタアナ駅からウルバンバ川に沿って走る山岳列車で、マチュピチュの麓まで行く。そこから先は、鳥肌が立つような絶壁続きの山道を、小さなバスであえぎあえぎ登るのである。

クスコ教会には、黒い肌のキリスト像がある。ドキッとするほどのカルチャーショックだった。夜、この教会を囲む広場を通りかかったときのことだ。

昼間は市場で物売りをしていたインディオ(ラテンアメリカの先住民)の幼い子どもたちが折り重なるように大地に身を寄せて眠っていた。空には白い下弦の月が浮かび、南十字星が光っていた。

その兄弟のほほが光って見えたのは月の光が映っていただけのこと。涙だというのは旅人の感傷にすぎるだろう。万が一、涙だとしても、身を寄せ合う兄弟のがいるということだけだ。だが、どこか救われる思いがした。

モノやお金がないのは、つらいことだ。しかし、それを憂うばかりでは、つらさが増すばかりである。私たちは、極端な貧しさからも、新たな楽しみを見いだす知恵を持っている。

感想:
子どもの頃からものを与えられすぎると、生活の中で工夫や試行錯誤する思考を疎外しそうである。つまり要求すると、ものが貰える状況は好ましいとは思えない。私を含めてそのように育った世代が多い中、不自由さや貧しさを少しでも知るため、経験済みのご高齢の方からお知恵を見聞きし、今を見直すことは一つの方法だと思う。
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2012/9/16:今日の体調

ブログ | 2012/9/16 05:51
おはようございます\(^o^)/
昨日は、4人部屋に新しく来た方と、将棋を指しました。おそらく、1年以上人と対戦しておらず、新鮮でした。インターネット対戦と違い、盤でお互い向かうは、対戦している臨場感があり、相手の様子から駆け引きしたりするのは面白いです。嫌がられない程度に、また対戦をお願いしようと思います。

・熱 35.9℃

・体重 74.2kg

・昨日の処置
→ソルデム、デカドロンを投与。デカドロンは副作用による発熱予防のため。
・今日の処置
→今日の午前中で、点滴終了です!(=´∀`)人(´∀`=) 午後は、外出します。

・印象に残った言葉
『子どもを不幸にする一番確実な方法はなにか。なんでも手に入れられるようにしてやることだ。』 ルソー
→いまの日本女性は、平均して一人以下しか子どもを生まない。その最大の理由は、教育コストがかかることからだそうだ。限られた収入だから、一人の子どもに、できる範囲で最上の教育を受けさせたいという親心からだという。

わからないではない。だが、長い人生経験から、お金の豊かさは必ずしも子どもを育てないということはお伝えしておきたいと思っている。

いまの子どもは、両親、双方の祖父母の『シックスポケット』に、シングルの叔父、叔母も加えた8から10のポケットに囲まれているという。つまり、ほしいものはなんでも手に入るということだ。

こうした風潮を反映してか、近頃の子ども用品の豪華さ、上質さは目を見張る。だが、モノのない時代には、それなりの楽しみがあった。工夫をするという楽しみだ。

私の長男は、昭和二十一年生まれだ。終戦から半年少々たったころで、日本は絶望的に貧しかった。出産で入院するのだって、自宅からリヤカーでふとんを積んでいく時代だったのである。

誕生後、一週間ほどで初節句を迎えても、鯉のぼり、五月人形、みんな手に入らない。すると、家内が『脱脂綿少しと、折紙、ノリとハサミをもってきてください』という。

緑色の折紙を柏の葉の形に切り、なかに脱脂綿の餅をくるむと柏餅になった。それを折紙の三宝に乗せた。鯉のぼりも折紙でつくったし、兜も折紙製。それを長男の枕元に飾って、立派に初節句を祝うことができた。

病院の先生や看護師さんも『かわいい、かわいい』と入れ替わり立ち替わり見にきてくれた。私もちょっとジーンとした。こんな初節句は、万金を積んでも経験できるものじゃない。(続く)
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