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長崎県島原市01。

ブログ | 2008/3/10 00:00
2008/03/10

 注意、自分に対する覚書なんで、人が読む用に書いてないんで、無駄に長くて面白くもない。ただ、何かしら役に立てられる情報が検索等でひっかかったらと思い公開しておく。

 五日間休みを貰い、長崎は島原へ。目的は今月いっぱいで廃線になる島原鉄道の南の方、沿線を旅すること。

 名古屋から長崎行き高速バスグラバー号車中。カーテンを再三きっちり閉めろと乗務員が言ったにも関わらず、左前の女性は隙間が空いていた。案の定、眩しい光が目を刺す。なかなか寝付けなかった。禁煙の車内、煙草の臭いで目が覚めたのが三度。どうも、トイレで吸っているらしい。振り向いて見えた人影は同一人物っぽかった。こういう人って居るんだと怒りと呆れ。
(1)そういうわけで、浅い眠りのまま長崎入り、七時前に諫早インターで降りる。

(2)歩くこと十五分、西諫早駅に着く。南側から近づくと無人駅のように感じたが、北側は立派な駅となっており、委託らしい駅員も居た。きっぷを買って改札通過しようとすると、駅員は券売で手一杯らしく、私の方に目をやると、そのまま行って下さいといった手振りをした。元々改札業務をしていないようだ。

(3)隣の諫早駅。みどりの窓口でプッシュホン予約している指定席を発券してもらおうとする。だが、発券できないと言われる。どうも、会社が違うからかもしれないと若い駅員は言うが、私もあちらも自信がない。調べるから暫く待ってほしいという雰囲気になって慌てる。乗り換え時間、12分の間で発券できればと思っていたから。プッシュホン予約での受け取りを諦め、新規で同列車が空いてないか尋ねると空いていた。それをとってもらい解決。ただ、本当に、MLながらの指定席券はJR九州で発券できないものなのか、また、どういう制約があるかは把握しておかねばならない。今後。
 券売機で島鉄本社前まで買い、また改札を通り、急ぎ0番線へ。ここから島原鉄道に乗り換えることになる。列車はもうすぐ発車しようとしていた。どうも、ファンに人気の古い車両らしい。キハ20だかそんなの。多分。
 夜行バスが浅い眠りだからか、何度かうとうとするも、ほとんどは起きていられた。前日買っておいたパンを一つ食べる。海を眺めながら、一時間強、島鉄本社前駅に到着。

(4)委託らしい女性駅員が出迎える。親切に応対してもらえた。駅写真を撮ったりしたら急ぎ今晩からの宿へ。

(5)あっというまに宿に着く。従業員に荷物だけ先に置かせてもらえるよう、予め頼んでおいた。パソコンや着替などを置かせてもらう。非常にありがたい。助かる。夜チェックイン時にはレンタサイクルで来ると伝える。

(4)急いで島鉄本社前駅に戻る。島原外港までのきっぷを買う。今度は硬券だった。
 二両編成、鮮やかな黄の列車が来る。二両目に乗る。乗るとすぐに、次の島原南駅で二両目を切り離し、ワンマンになってしまうとアナウンスがある。慌てて前へ。すぐに島原外港駅、降りる時に運転士にも親切な応対をしてもらえてありがたかった。

(6)この島原外港駅から先が廃線になる。即ちここが四月からの終着駅になる。ホーム内をしばし撮影。ここも委託らしい女性駅員、ここでもよく応対してもらえた。構内に、幸せ記念乗車券、幸せを愛しの吾妻へという宣伝看板があった。折角なので買ってみる。お土産に。だが、自分の。

(7)島原外港簡易郵便局へ。ここは、島原港フェリーターミナル内にある。しかも、島原鉄道のチケット売り場の一角にある。カウンターの向こうは同じ部屋。四十代女性局員、局名印を見せてくれと言うとなぜか風景印はなく、日付印のみという説明を受ける。局員の方も言ってすぐ、おかしいと感じたのか、慌てて局名印を見せてくれる。無事に旅行貯金は終了。最後に念のため、風景印は先ほど言われたようにないんですねと確認。
 局写真を撮ろうとしたが、私のすぐ後の女性客が、局員と知り合いらしく長い間話し込んでいた。待ってる間に、構内のベンチで鞄を一つにまとめたり、カメラの位置を工夫したり、動きやすいように準備する。

(8)島原観光ホテル小涌園へ。レンタサイクルを借りられる。実は先ほどのフェリーターミナル内の観光案内所ででもレンタサイクルは借りられるのだが、そこは日をまたいでの借りっぱなしができないと言われ、このホテルのレンタサイクルを勧められた。このホテルには予め、宿泊客じゃなくても借りられるか、日をまたいでの貸し出しも対応できるかを確認済。
 フロントの二十代女性従業員、こちらの要望を伝え、電話で了承をとっている旨を告げると、初めてのケースなのか、確認のために奥へ何度か下がった。だが無事に貸出してくれた。ありがたい。

 10時過ぎに出発。ポストやら踏切やら列車をとりながら南へ。走り出してすぐ、島原も坂の町だと思い知らされる。ある程度、地図でみてアップダウンは覚悟していたが、並じゃなかった。
(9)秩父ヶ浦橋でこの旅初の鉄道ファンを発見。橋の上から下を通る列車を狙うようだ。私は列車目的ではなく風景目的なので、写真だけ撮ってすぐ去る。

(10)10:36。ようやく、最初の廃駅予定の駅、秩父が浦駅に着く。ホームと屋根つきの待合ベンチがある簡単な作りだがどこかのどかな雰囲気。ホーム自体割と新しい感じだ。周りは交通量が多くはないが広い道路、民家、酒屋などがある。ちょうど列車が来た。駅に停車中の列車を撮るより、酒屋の前のポスト越の電チラ写真を撮ることを選んでしまった。おばあさん一人だけ列車に乗った。

(11)行き止まりへ迷いこんだり、公園を通過し、階段で自転車を持ち上げたりしつつ、11:08に島原安中郵便局。四十代男性、丁寧な方で、押す前に局名印をふいたりして綺麗にしてくれていた。通帳に押印後も、ティッシュでインクを吸い取ってくれていた。しかも、ティッシュまでくれて、申し訳ない。
 隣の郵便窓口は三十代女性が担当、奥の方に座ってて急いで向かってきたので、風景印はあるかとすぐに尋ねると、ないと答えられる。やっぱり。無駄にカウンターまで来させなくて良かった。
 古城の写真が展示してあった。どこかはわからないので、たぶん、島原城だろう。

(12)安徳駅を目指す途中、細く古い道を行く。史跡らしき碑、案内が目に入ったので寄る。流死菩提供養塔、島原市指定の史跡。簡単にいえば、江戸時代に作られた、津波による死者への供養塔らしい。

(13)11:34。安徳駅へ。目にしてびっくり、高架駅だった。なぜ高架になってるのやら。長い階段を上り、ホームへ。もちろん、新しい。ホームを撮ったり、この先にある橋を撮ったり、普賢岳っぽい、綺麗に見える山を撮ったりする。
 おばあさんが一人、ベンチで待っていた。目があって会釈されたので暫く話をする。やっぱりここから綺麗に見える山が普賢岳らしい。ここは元々駅舎もあった古い駅だったが、災害のため、高架化したことなどを窺う。また列車が来て、おばあさんを見送ったのち、私も駅を後にする。

(14)長い橋を越え、道の選択を失敗して大回りしていると、島原市安中八幡神社という看板を目にする。行ってみる。境内は島鉄線路ぎりぎりに面している。鉄道ファンが一人、参拝目的ではなく撮影目的で居た。やけに新しい社殿を不思議に思いながらも参拝。残念ながら無人のようで帰ろうとしたその時、一台の車が来た。中からは男性一人、どうやら神職の方のようだ。会釈して声をかける。朱印はないということだが、折角なのでどうぞと、拝殿の戸を開けてもらって中で参拝させてもらうことができた。親切な方で、色々なお話を伺うことができた。この辺りが災害で大変だったこと、この神社自体が数メートルの土砂で埋まったこと、その写真を見せて頂いたりした。最後に折角だからと、全国でも珍しいという、天狗の絵馬、名刺まで頂いた。短い時間だったが、寄り道して良かった。

(15)引き続き踏切を通りながら、水無川を渡る。ここからの平成新山は見事だった。渡りきったところに、列車が一両展示されていた。D37型ディーゼル機関車というらしく、島原鉄道で貨物輸送につかわれ、災害後には復旧工事用の資材を運搬するのに活躍したとのこと。運転席にも入れるようになっているが、暑くて長くは居られない。雨ざらしなので状態はよくない。一部ガラスも入っていない。せっかく残して見せてくれるなら、できるだけ長持ちするような工夫が欲しい。

(16)少し線路から離れ、集落内の簡易局、瀬野簡易郵便局へ行く。立派な石垣の民家、その一部が郵便局になっている。中は狭く、先客が居て六十代くらいの女性局員と親しげに話していた。私が訪れたのをきっかけに入れ違いで去って行った。
 旅行貯金はできたが、風景印は無いとのこと。親切に次に行けそうな局を教えてくれたり、災害の話なども聞けたりした。うちは無事だったが、すぐそこはもう土石流でひどいことになったとか、うちは災害後再開したが、被災してそのまま閉めてしまった簡易局もあるということだった。最後に飴をどうぞとすすめられ、貰っていく。

(17)道の駅みずなし本陣ふかえへ。昼食をとろうかどうか迷っていると、店の中から店員にいらっしゃいませと呼びこまれた。まあ、いいかと入る。あまり金を使いたくなかったが、やはりせっかくだからと、名物らしい豆腐御膳を頼む。やや高いのだが、内容をみると、それほど高くないかもしれない。結構ボリュームもあって、美味しく豆腐を頂けた。

(18)すぐ隣に、土石流被災家屋保存公園がある。簡単に言えば、土石流に埋もれた家をそのまま、公開しているというもの。どの家も一階部分はほとんど土砂にうもっているのだが、つい最近まで生活していたかのようだ。土石流の凄まじさがわかる。千羽鶴がいくつも飾ってあったり、被災家屋に小銭が投げ込まれていた。

(19)14:40。随分寄り道していたが、ようやく瀬野深江駅に着く。ホームに簡単な屋根つきの待合場所があるだけ。周りは民家とビニールハウスが目立つ。自転車はたった一台ホームにあるだけ。
 ちょうどこの駅を撮影していると、四両編成の、島鉄ハッピートレインと書かれたトロッコ列車風の列車が通過した。ただ、なぜか乗客は一人も居なかった。

(20)引き続き沿線を旅する。16時が近づいてきた。ちょっと先に深江郵便局がある。このペースで行くとたどり着く頃には、16時が過ぎて貯金ができなさそうだったので、先に深江郵便局での貯金を優先することにした。急いで自転車を漕ぎ、深江郵便局に15:39着。昔の町の中心といった雰囲気。
 旅行貯金は三十代の男性局員が素早く処理。風景印を郵便担当の二十代女性局員に尋ねるが、全部言い終わらないうちに、ないという返事を頂く。
 最後に局写真を撮るときに、中に他の客が居なかったのに、車が一台停まってて不思議に思っていたら、どこかからか若い男性がやってきて、その車に乗り込んで去っていった。無断駐車だったようだ。

(21)16時過ぎ、寄りたかった神社が近くにあるのだが、今日のうちに行ってしまいたい。先に寄ってしまうことにする。深江諏訪神社。
 思っていたより境内は広く木が多い。この神社の木々が県の指定文化財になっているほど。立派な社殿、由緒もあるようだ。境内に神職の家らしき建物をみつけ、尋ねてみるが誰も出てこない。あらかじめ電話番号を調べていたので、かけてみたのだが誰も出ない。仕方ない、明日以降また来れるなら来よう。

(22)線路に戻り、また沿線を行き深江駅に着く。ここは大きな駅で、委託らしい駅員もいる。女性職員から廃線関連グッズ、一種類しか残っていなかった。買う。愛想はないが、しっかりした対応だった。なんか急いでるとおもったら、構内を撮影している時には帰って行った。
 駅前にには、テレビの取材のような車とスタッフが数人、NHKのようだ。別に私は声もかけられなかった。

 駅を後にする、やや暗くなってきた。NHKは駅の取材を終えて、集落の住民への取材を行っているようだった。私は引き続き線路に沿って先へ向かう。一か所、いいカーブがあり、ちょうど列車が来たので撮る。
 もうこれ以上進む気がしなかったので、ホテルに戻ることにする。18:00。

 自転車だが、割と大変だった。どうも、昼過ぎくらいから、こぐと異音がするし、力が要る。幹線道路を走って帰るのだが、歩道が整備されていないところが多く、怖い思いをした。
 途中で見つけたスーパーに寄り、ビールやら飲料水やら食料を買う。
 自転車を借りたホテルに寄り、調子が悪いことを告げて自転車を交換してもらう。走り出してしばらく、ギアが変わらないことに気付く。何度もクレームつけるのもなあと、一番軽いギアのまま、とりあえずホテルまで帰ることにする。

(23)南島原駅へ寄り、深江駅で品切れになっていたグッズを買おうとしたが、どうも窓口は閉まってるようだったので諦めた。

(5)19:35。ようやくホテルへ。荷物を置いたらすぐ下の食堂へ。ここの食道はボリュームがあって美味しいと評判が良かった。残念ながら喫煙可なので、できるだけ、喫煙者から離れて座る。
 迷ったが特製ちゃんぽんを頼む。700円。ボリュームは悪くないが、多いってほどでもないと感じたが、味は良かった。美味しい。

 部屋に戻りビールを飲みつつ、パソコンでネットをしたり、これを途中まで書き上げたものの、眠くなって諦めて寝る。

 初日の今日、廃止駅20駅中、たった4駅しか行けてない。五日間使えるが、最終日は島原市内、島原城を観光したい。うーん、このペースで大丈夫かと少し心配になる。
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