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新潟県新潟市西蒲区02。

ブログ | 2008/1/3 00:00
2008/01/03

 引き続き新潟県新潟市よりの出発。今日は昨日朱印帳を預けた寺に受け取りに行かなければならない。また一人で外出しようかと思っていたら、妻と義母がついてくるという。その方面へ出かけるならついでに、弥彦神社へ行きたいとのこと。白山神社の二年参りで初詣は済んでいるのだが、古い札とかを焼きたいとのこと。

(1)昨日、越後七浦シーサイドラインの奇岩を観たのだが、帰って調べたところ、どうも一つ雷岩というのを見落としていたらしい。というわけで、昨日と同じルートをたどる。なるほど、雷岩の案内板を見つけることができたが、他の岩と違って、案内板は一方向からしか、即ち、北上する方向からしか見えない。道理で見落としたわけだ。
 昨日岸の題目を観るために停めた場所になんとか停めて歩いて近づく。妻達は車中で待っているという。あった。雷岩というが、岩という感じではなく、岩肌に穴が開いて、波が打ち寄せているという感じだ。名前の由来は、その際に起きる音が雷鳴に似ているかららしい。うーん、そこまで凄い音はしなかった気がする。

(2)続いて寺を目指す途中に、清水が湧いているらしい。地図に載っている。かなり大まかなようで、近辺を何度か往復、わき道にそれてようやく見つける。弘法清水。地元の方々に大切にされているようで、綺麗に整備されている。
 妻と義母も降りたものの、そのままでは飲めないとの表示にがっかり。私は一口だけ頂く。すぐに地元の方らしき人々が水を汲みにやってくる。大きなタンクを持参している。声をかけられたので少し話す。やはり、飲み物に使うと味が違うと。違う気がすると。なんだか半信半疑でも、気分の問題で汲みに来ているという感じで微笑ましかった。

(3)すぐ近く、昨日「ごりんの滝」という案内があったのを見つけていたので向かう。車で山の中へ入っていくのだが住宅分譲地みたいな所にでて暫くうろつく。雪に覆われた小道を発見、多分これかと私だけで降りて行く。すぐに案内票を見つけ、階段を下る。これまたすぐに滝を観られる。あまり大きな滝ではないが、いかにも滝らしい形、上部の岩など趣がある。惜しいのは、下部にある、黄色いチェーン。なんのためか。

(4)滝からすぐ近く、滝と共に案内が出ているのが、ごりん石。由来はここらに松尾芭蕉が立ち寄り句を残したから、誰かが大きな岩に彫ったということらしい。いつの時代のものかが案内票ではよくわからない。彫られた文字は風化がすすんでいるが、確かに何か彫ってあるのはわかる。

(5)また近くに清水があると地図にある。これは案内表示もあり、割と簡単にたどりつけた。平沢清水とある。かつては北国街道の名所と謳われ、また、石器時代から使われているのだろうと推測している。近年、生活用水に引水したことにより、湧出量が減っていると。見た目は透き通っており、かなり綺麗なんだが、ここもそのままでは飲むなとのこと。

(6)まだまだこの近辺には観てみたいところがあるのだが、約束の正午になったので、このへんで諦め、昨日朱印帳を預けた一山寺へ伺う。妻たちは真昼なのに何だかうとうとしてるので、車においておく。
 庫裏を訪ねると、昨日の女性が出てこられる。礼を言って朱印帳を受け取る。暫く話をしていると、奥から住職らしき男性も出てこられ、尋ねられたまま、三重から来ただの、菩提寺という案内があるから寄ってみただの、暫く話して辞す。
(7)さて、墓地へ。越後長岡藩の支藩、三根山藩牧野家の墓へ。初代から十二代までの墓がある。十一代だけは青山墓地、十三、十四代は多摩墓地とある。もっとも、十四代は平成六年没とあるので、今後こちらに墓が増えることはないようだ。どの墓も、これまで見てきた菩提寺の殿様方の墓より随分小さい。が、格式は感じられるつくり。

(8)ようやく主目的の弥彦神社へ。が、渋滞している。さすがは越後の一宮、市内の白山神社を抑えて県下一の参拝者数は伊達じゃない。なんとか眠気をこらえつつ、誘導された弥彦競輪場の駐車場へ。これまで何度も弥彦神社には来たが、こんなに遠いところからは初めて。
 ようやく妻達も起きて参拝へ。参道の出店でこんにゃくを買って食べたり、人の流れについていく。境内にも出店はたくさん出ており、天候があまりよくないながらも参拝客は多い。やっとのことで、古い札などを燃やすところへ。相変わらず、その火に、竹竿のさきにするめを吊るしてあぶっている人多数。毎年見る度に驚かされるが、この新潟県だけの風習なのだろうか。
 あとは本殿へ参拝、おみくじひいたり、破魔矢買ったりして一通り終わり。

(9)ちょうど雨が降ってきて、少し休みたいとのことで、いつも行きたいと思っていてなかなか行けなかった、神社前にある喫茶店へ初めて入る。お土産屋の二階、そんなに広くない店内、すぐに座れたが、すぐに待ち客ができた。
 抹茶とシフォンケーキが好みということもあり、コーヒーがつく抹茶シフォンケーキセットを。あまり甘くなく、コーヒーも美味しく満足。最初つぶあんが付いてきた時にはどうしようかと思った。
 ここで妻が偶然友人と会った。広い県内なのに世間は狭い。
 階下は土産屋。暫く見る。ここには看板猫がいる。普段は通路に丸くなってるがこの日は寒いのか、レジカウンターの奥、電気ストーブの前で丸まっていた。

(10)帰りは弥彦神社の鹿園前を通って駐車場へ向かう。まだ雨も降っているので、雨にうたれている鹿達は泥にもまみれて寒そうで哀れ。奈良で見る鹿よりここのは小さいことに気付く。

(11)帰り道、食事をとってないことに気付き、適当にラーメン屋へ。スープは背油が入っているがすっきり、つるつるとした柔らかめの平たい縮れ麺、ややしょっぱめだが美味しかった。餃子はかなり大きめ、焦げめがついており肉はたっぷり。総合満足度は四つ星。

 この後、妻や義母の希望でカラオケ行ったり、映画観たりはしたが旅としてはここまでで。

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新潟県新潟市西蒲区01。

ブログ | 2008/1/2 00:00
2008/01/02

 新潟県は新潟市より。暇に耐えられなくなり、一人で外出。遅い始動の昼前。なんとなく旧巻町の方面へ行こうと思い立つ。

(1)ちょうど昼なので、ガイドブックに乗っているラーメン屋に寄る。グリーンいわさきという変わった名前の店だが、入るとすぐ靴を脱ぐラーメン屋も珍しい。結論だけ言えば、ラーメンも餃子も美味かった。特にギョーザは、大きくて中にはスープがたっぷり入っている。総合満足度四つ星。最初空いていた店内も、時間が経つにつれ満席に。

(2)この辺りのドライブで好きな、R402の越後七浦シーサイドラインへ。すぐに、妙光寺という案内看板が目に入り、行ってみる。
 思ったより広い寺で、由緒ある寺だった。山門は古いが本堂などの建物はかなり新しく、作りも今風。庫裏らしきところには若いお坊さんがいらしたので、朱印を頼む。最初、既に書いてあるものでいいかと言われたのだが、できるだけ、朱印帳に書いたものが欲しいと駄々をこねると、住職らしき方が接客中らしかったのにも関わらず、出てきてくれたので恐縮する。嫌な顔一つせず、少し世間話をしつつ書いて頂く。正月だからか、お土産まで頂いた。
 簡単に言うと、日蓮が佐渡に流される際に、まず近くのこの海岸に漂着し、それに因んだ旧跡が色々でき、さらにそれらに因んで、この寺ができたということで大まかにはあってると思う。勿論日蓮宗。
 庫裏内から本堂まで、そのまま拝観できるというので拝観。本当に新しくてお寺という雰囲気とはかなり違う。数々の仏、本尊に参拝。
(3)広い境内の奥、新しい共同墓地を越えると、日蓮がここらに漂着した際に岩に書きのこしたと言われるものもまつられている。「岩の題目」というらしい。

(4)寺を後にし、少し離れた場所にある、岩屋という旧跡へ。ここは前述の日蓮が住みついていた七面大蛇を退治というか、帰順させたと伝わるところ。寺からそれほど遠くはないものの、誰も居ないだろうと思ったら先客が居て驚く。参拝客かもしれない。
 岩穴はなかなかの迫力。内部は本当に暗い。はっきり言えば不気味。さらに賽の河原のように積まれた石がそれを加速させる。奥には石仏がいくつかまつられている。不気味だが、霊地なんだから、まあ、大丈夫だろうということで突入していたが、後で知ったことでは、ここは有数の心霊スポットらしかった。確かに不気味ではあったが、廃屋とかならともかく、なんだか腑に落ちない。

(5)さらにシーサイドラインを進む。ここを通る際、前々からずっと気になっていたものがあった。車を停め、そこまで歩いていった。日蓮の像だった。なんか仏像のようなものがあるなという認識だった。で、なんでこれがここにあるかというと、ここが「岸の題目」がある場所だそうだ。要するに、日蓮が漂着した場所そのもの。図らずして、岩の題目に続き、岸の題目の旧跡を訪れたことになった。他に、伝説では「波の題目」という荒れた波の上に書いたという題目があるらしいのだが、波なんで、旧跡としては存在していないんだろう。多分。
 補足するが、日蓮像が置かれている場所はシーサイドライン沿いで、海面からは結構高い。道路が今の場所に通ったときに作られたようで、当の題目は、道路のずっと下の岸にあるそうだが、とても見に行けるものではないと思う。ずっと下にある、昔の道路だか遊歩道は崩壊していた。

(6)さらにシーサイドラインを走る。走っていると気が付くのだが、「○○岩→」というように、数度案内板が立っている。だが、ここを走る車は結構なスピードで流れており、また、路駐もできるような状況ではないので、とてもゆっくり見ることができない。この日、ようやく本腰をいれてゆっくり鑑賞することにする。
 適当な駐車スペースをなんとかみつけ、歩いていく。まずはくぐり岩。なるほど、海水が岩をくぐっている。岩というか、崎という感じだが。

(7)次に立岩。これは車からでも横目に見れないこともない。じっくり眺めるが、確かに変わった岩といえばそうなんだが、もう一つ、由来かなんかが欲しい。

(8)最後は俵岩。これには困った。どれを指しているのかわからない。先客でカメラマンが居たのだが、これは絶壁の鳥類でも撮ってるらしく、俵岩を撮っているのではないようだった。なので、尋ねもしなかった。
 どうやら、これかと思える、俵のような岩があったので撮る。間違ってるかもしれない。正しい俵岩をご存知の方、是非教えて欲しい。

(9)地図をみると、近くの集落に、文化財指定されている住宅があるらしい。見に行く。
 篠原幸三郎家住宅というようだ。そこまで行くのに、集落の細い道でちょっと苦労した。2号ポストがありそうな雰囲気だったが見つけられず。
 肝心の住宅は、茅葺の古い民家。今は誰も住んでいないらしい。残念ながら中には入れなかった。入れる時があるのかどうかはわからない。近所のおじいさんにちょっと不審な目を向けられたが気にしないことにする。

(10)シーサイドラインを離れ、集落内を走っていると、ふと説明板のある神社があるのに気付く。寄ってみる。船山神社といい、弥彦神社の境外摂社らしい。祭神は弥彦神社の主神の孫にあたると。由緒ある神社だが小さく無人。当然朱印もなし。

(11)すぐ近くに、三根山藩主の菩提寺があるという案内板を目にする。行ってみる。一山寺という古そうなお寺。庫裏を訪ねると女性が出てこられる。あいにくご住職は留守とのこと。朱印帳を預からせてもらえれば、朱印は書けるとのこと。暫く悩んだが、朱印帳を預かってもらうことにする。明日もどうせ暇なので、明日の昼頃取りにくると。暫く世間話をし、親切に応対してもらえ良かった。朱印帳を預けるケースは初。

(12)16時、そろそろ観光も限界。温泉にでも入ろうと、地図上を探す。湯之腰温泉というのが近くにあるようなので行ってみる。
 近くになっても案内がないので、通り過ぎてしまった。引き返し、注意深く、入口と思われる林道に入る。湯之腰温泉の方角を示す案内表示を見つける。さらに奥へ行ってみると、車がそれ以上進めない場所にでる。周りにはなんにもない。なんにもないというか、瓦礫、昔、建物があったんだろうなという跡はあった。場所はまず間違ってないので、廃業されてしまったようだ(後で調べると、やっぱり廃業されているようだった。が、なぜか立派なHPが今もある。謎…)。

(13)がっかりして、別の温泉へ。福寿温泉、じょんのび館。ここはかなり大きな施設で、駐車場もいっぱい。ここは、過去一度来たことがあるのだが、その時の同行者、妻と義母が、人の多い温泉は嫌だと却下されてしまい、入ることができなかった。私としては、駐車場の車の数なんて、施設規模もあるし、実際風呂場に居る人数が推測できるとは思えないのだが。
 ともかく、私一人なんで躊躇せず入ることに。値段で躊躇しそうになったが。結果、結構満足できた。風呂場もそれなりに広いんで、混雑感は全くない。脱衣所だけちょっと窮屈だったが。風呂や、滅多に入らないサウナも良かったし、驚くほど遠くへ歩かされる露天風呂も良かった。充分のんびりする。ただ、やっぱり料金が高めか。最近安いとこしか行ってないので余計にそう思うのかもしれない。

 駐車場にでて18時。妻から何度か着信があったようだ。掛けなおすと、食事にでかけることになったから、帰ってこいと。出かけるときに、何時に帰ってきても構わないというから、私はまだこれからコーヒーでも飲んで、そこの評判のケーキでも土産に買って、ラーメン食べて帰ればいいかぐらいに思っていたので、ちょっとがっかりしつつ、旅を終えることとなった。それでも、昼から動いた割には結構満足できた。朝からだらだらせず、とっとと動けば良かった。

兵庫県三木市02。

ブログ | 2007/12/25 23:59
2007/12/25

 三日目、最終日。昨日に続き、朝食バイキングを平らげチェックアウト後、三木市へ向かう。今日の目的は純粋に観光。

(1)まずは三木市で一番大きそうで、朱印が期待できる大宮八幡宮へ。受付で朱印をお願いすると、書いてる間に境内を巡ると良いとのこと。広い境内を隅々まで見る。本殿、大宮天満宮、他、末社を全て終えてから朱印帳を受け取る。
 のんびりじっくり見てたので、あっという間に昼に。

(2)昼食をとることにする。昨晩、ひたすらさまよったあたりをまた探す。目についたラーメン屋に適当に入る。八角というチェーン店のようだ。残念ながらあんまり口にあわなかった。隣の席が煙草を吸いだしたのには閉口した。まあ、客が悪いんじゃなく、ランチタイムも喫煙可能であるこの店が問題。すっかり気分が悪くなり急いで食べて出る。客は結構多かった。

(3)三木市役所にて広域交付住民票を発行。市役所、新しくて大きくて綺麗。

(4)昼時も過ぎ、高源山雲龍寺へ。ここは別所長治と夫人の首塚がある。庫裏を尋ねるとご住職が丁寧に応対して頂けた。無事に朱印も頂ける。三木城、合戦の資料も頂けた。他にも詳しいお話も伺えた。負けた城主の菩提寺というものは、普通残らないなど、言われて納得。
 首塚は駐車場近くになるので、帰りに寄ることにする。

(5)そこから歩いて三木城へ。町並み、川、鉄道などが見渡せる。本丸跡はさらに高くなっているが、碑があるのみで静か。城跡内には説明板が多く設置されわかりやすい。昨日から感じていたが、領民に非常に慕われていたのか、秀吉に滅ぼされたことに非常に同情的だ。今でも、兵糧責めされた城主を偲んで、藁を食べたという言い伝えより、命日に藁に見立てたうどんを食べる祭りがあるそうな。家臣の助命のために、自分の妻、弟の首を差し出したというところも日本人に好まれそうな話。

(6)城跡すぐ側、というか、城跡には金物神社、金物資料館がある。金物神社自体は無人のよう。古式鍛錬場という、昔ながらの鉄を打つ所を実演する場所がある。実演というより、神事という感じだ。金物の町、三木では重要な場所だと思われる。資料館は残念ながらしまっていた。

(7)戻って、別所公の首塚へ。寺には先に参ったが、首塚はまだだった。真新しい花が供えられ、立派に、手厚く二人の首が葬られているようだ。

(8)市街地へ。酒蔵があるらしく訪ねてみた。稲見酒造。中には自由に入れるものの、誰もおらず、事務所へ来いとあるので訪ねる。中には三人ほど従業員の方々がいて、忙しそうにしている。酒を買えるかと訪ねると買えるというので、適当に純米酒を買う。試飲できればするつもりであったが、あえて、自分から言い出すのは憚られたのでやめた。肝心の酒はまだ開けてないので味はわからない。

(9)稲見酒造からすぐ近く、別の酒蔵を見つける。入ろうとするが入れない。のれんはかかっており、「福乃太」という銘柄が書かれている。裏側にまわると、飲食店になっていた。どうも、町並み保存の為か、酒蔵の見かけを残したまま、裏で飲食店を開いているようだ。つまり、酒蔵としてはもうやってないのか(帰って調べた。福太醸造という会社らしいが、同じ場所で確かに存在はしていたようだが、現在はどうなっているという情報がよくわからない)。
 当然、酒など購入できなかった。

(10)日が暮れてきて、道の駅みきにて仮眠。また高速代を安くあげるために、夜遅くに移動するため。
 仮眠後、施設内にある、はりまやというレストランで食事。道の駅の施設の割には、20時前まで開いていてがんばっている。客は我々以外に一人だけで寂しかったが。ヘレカツ定食を満腹食べる。

(11)とりあえず高速に乗り、三木SAで時間潰し。明日の朝用にとパンを買ったりする。22時近くになってようやく出発。

 名阪国道で23時過ぎに、工事渋滞にはまるとは全く予想外だったが、なんとか、仮眠を繰り返し6時前に帰宅。
 主目的も果たせ、観光もでき良い旅となった。温泉に入れなかったことが心残り。また、うっかり旅行貯金を一局もしてなかった。三木にはまだまだ見所があり、見きれなかった所が多いので、いずれまた訪れたい。

兵庫県三木市01。

ブログ | 2007/12/24 23:59
2007/12/24

 二日目。ホテルで朝食バイキングを済ませ、また北上。三木鉄道の続き。クリスマスイブだろうと三木鉄道。

(1)別所駅。古い駅舎がある。これもおそらく大正時代。当然の無人駅。あたりには民家も多い。ちょうど列車が来る時間になったらしい。どこからともなく、ぱらぱらと三人ほど愛好家が来て、駅に停車中の列車を撮っていた。なるほど、この古い駅舎と単行列車は画になる。

(2)高木駅へ。周りは住宅地になっていた。これまでの集落というよりはやや新しい感じ。路駐も気軽にできないので、少し離れたバイパスの高架下へ停める。勿論、駅の駐車スペースなど一台分すらない。ホームだけの簡素な作り。

 あっという間の正午。私はまだ全然腹は減ってないが、この後、三木駅へ行って、列車に往復乗車することを考え、近くのスーパーで軽く昼食を買う。売ってるものがクリスマスっぽく、クリスマスなんだなあと改めて感じる。

(3)地図で確認できた、最後の橋梁へ行ってみる。高木川。うーん、前日の橋梁より小さい。というか、側溝一つといった感じ。列車待つほどのものではないなと判断し、去る。

(4)三木駅到着。つくづく短い路線だなと感じる。終着駅の雰囲気がある。周りも寂れてはいないので、この駅がなくなってしまうと随分寂しいだろうなと思う。ただ、ここへ来る需要ってなんだろうと思えてしまうのも確か。もうちょっとがんばって、神戸電鉄と接続できていれば、或いはと思えないことはないが、沿線をじっくり巡ってみると、役目は終えている感じがする。これまで、色んな廃線前の沿線を巡ってみたが、ここほど廃線反対の意思表明を感じない路線は初めてかもしれない。
 最初で最後の駅員配置駅。駅車内には写真などが展示され、魚が飼われている。グッズが売られていたので、適当に購入する。応対してくれた駅員は、愛想がない感じだった。対応態度が悪いわけではない。

 ここから厄神駅まで往復乗車する。乗客はわりと居た。足が不自由なおじいさんが二人居て、車両を眺めたり、懐かしがってるような会話をしていたのが印象的。
 私たちは列車の最前部で立って景色をおさめようとしていた。運転士が来た時に、ここで立ってて邪魔にならないかと確認をし、遠慮がちに立って発車を待つ。乗客の中で記念乗車らしき客はほとんど居ないようだったが、一人、小学生くらいの子供がうるさかった。鉄道知識をずーっと口走りながら、私の前に割り込んで来る。あー、子供は遠慮がないから鬱陶しいなー、走行中に障害になるだろうなーと不安を覚えつつ出発。
 ほとんど無事に撮影できたが一箇所、上述の子供が割り込んできて、撮影に非常に支障があったところがある。なんでも、駅間が数百mで、非常に短いところがあって、その知識をひけらかしたいのだろう、口走りながら私を押しのけて前面のガラスにびったりひっついた。こういうとき、腹が立つのは、その子供に対してではない。近くに居る男親。いかにも愛好家らしき氏は何も言わない。言わないから子供は平気、これが大人になる。と悪循環を見た気がした。

(5)ともかく、厄神駅。みんな折り返しで帰るのかと思いきや、多くの客は接続の加古川線に乗り込んだ。これには驚いた。思っていたより、需要があるようだ。例のおじいさん達はやはり往復乗車らしい。私たちは列車前で撮ろうとしていたら、他の愛好家が先に撮ろうとしてたのでどいた。撮るのを待ってたら、「撮るんだったら先に撮ってどいてほしい」みたいなふうに言われ急かされる。何だか必死だなあと感じる。早々に撮って車内へ、今度は座って帰る。

 車窓から見ていると、よくわかったが、よくある過疎地の駅っていうのがないんだなあと。のどかな風景を眺めつつ、あっという間に終着、三木駅。何枚か存分に撮影して去る。

(6)主目的も終わったので、観光へ移る。といっても、15時近くなんで、一箇所が限度か。あらかじめ貰っておいた、観光パンフレットを見て、三木城主、別所長治の墓を見に行くことにした。虚空山法界寺。先に庫裏を訪ねると、男性が出てこられる。だが、寺の者ではないと言う。朱印をもらえるかと訪ねると、住職が帰ってこればとのこと。その間に長治公の墓所をと勧められる。
(7)墓所には立派な長治公の像がある。お堂になっていて、中は見えない。妻も同じく自害しているので一緒に葬られている。胴体だけ。お堂の下には殉死したと思われる家臣の墓がある。
 それでも時間があるので、車内で三十分ほど待つと、住職が帰ってこられる。妻を車内に残し、庫裏を訪ねると、先ほどの男性が出てこられ、実は朱印は、やってないそうだ、知らなかった、無駄に待たせて大変申し訳ないと何度も謝られる。そのまま見送りについてきてくれ、その際に、この寺は水戸黄門の撮影でも使われたことがあるんですよと教えてくれた。なるほど、立派な石段のあたりは使われそうだ。

 戻ると妻は寝ていた。時間も16時前で中途半端。起こさず適当にポストでも探すことにする。途中、郵便局で偶然取集に出くわす。ちょうど、出しそびれていた年賀状を渡す。快く引き受けてくれた。

(8)観光パンフレットに、知られざる荒城と紹介されている神社がある。大歳神社というらしいが、そこにその名を示すものはなく、寂れた社がある。周りは確かに土塁が残っており、城跡だと言われればなるほどとわかる。後で調べると、石野氏館と通称されているようだ。この神社がなかったらとっくになくなってそうな城跡。

(9)17時半頃、レーヴ・ダムールというケーキ屋へ。ここはあらかじめ妻が探してクリスマスケーキを予約しておいたところ。本当は20時前に取りにいくと行ったのだが、時間があったので行った。まだできてなかった。こんなにぎりぎりまで作ってるのかと逆に感心。

 食事するところを探してさ迷う。どこもいっぱいだったり、気が向かったりでなかなか決まらない。
 さ迷うこと二時間、再びケーキ屋へ。今度はできていた。

(10)19時半、ようやく空いてきた。諦めていた、くら寿司へ入る。いちいち声をかけて注文しなくてすむシステムが気に入ってる。

 宿へ戻ってケーキ、スパークリングワインで飲食。味はやや甘め。チョコレートは美味しかったが。二日目終了。

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三木鉄道
稲継 泰朗

兵庫県加古川市。

ブログ | 2007/12/23 23:59
2007/12/23

 三木鉄道へ。無くなる前に訪れようの旅。

(1)前夜より高速で、兵庫県三木市へ。まずは道の駅・みきに到着。仮眠、休憩後、洗面、朝食。何か少しでも土地のものをと思い、神戸ぼっかけカレーなるものを頼む。すじ肉と蒟蒻か。ちょっと高めかも。
 三木は刃物が有名とのこと、二階に売場がある。妻は爪切りが欲しいというので購入。
 秋まつり屋台という模型があった。この前、観音寺で見た、ふとんの太鼓台によく似ており、ふとん屋台と呼ばれているそうな。山車にも地域性があるのかと感心。

(2)さて、三木鉄道は厄神駅。ここはJRの加古川線の駅でもある。というか、そっちのが主体。加古川線は乗ったことあるのだが、通過しただけでは記憶になかった。入場券は要らず、改札を通り、3番ホームが三木鉄道。線路はJRに繋がっていない。昔は繋がってたそうだから、勿体無い気がした。
 跨線橋となる自由通路はワックスをかけていた。滑りそうで怖かった。

(3)沿線の集落を行く。ちょっと高くなった所に大きな木と鳥居がある。文化財マークの看板が目に入ったので近寄る。
 「国包の築山」と言う場所らしい。元々、浸水に悩まされていたこの土地に、大阪で成功した、この地区出身の商人が私財を投げ打って人工的に作った丘とのこと。二百五十年も前のお話。その後築山神社ができたとのこと。ここにある大きな木は二本の榎が一本の椋をはさんで生えてて、遠目には一本に見える。これも樹齢二百三十年くらいとのことで、加古川市指定文化財。

(4)その集落にある駅、国包駅。周りは住宅が多い。小さな駅舎だが、昔は有人だったのか、そのようなスペースがある。今は勿論塞がれている。

(5)宗佐駅。駅舎はない。周りに民家はまあまああるが、民家より広い田んぼの方が目に入る。

(6)狭い道を抜けて下石野駅。このあたりはちょっと線路が高く、駅も高い。駅舎は無い。ここも集落はあるものの、見渡すとほとんど田んぼ。

(7)石野駅、初めて駅舎らしい駅舎に出会う。なんでも大正時代とか。有人駅を偲ばせる跡があった。また、ここで行き違えたのであろう、向かいのホームの跡もあった。トイレはあるが、使いたくない。このトイレも大正生まれらしい。建物財産票が貼ってあった。

(8)どこかの橋梁で写真を撮りたかったのだが、生憎大きい川がない。地図上で一番大きな川らしい、花尻川。なんとか撮れたのだが、水がない。まあ、いいか。

(9)西這田駅は集落からわりと離れている。すぐ側に会社建物があるくらい。周りは田んぼ。脇を通っている道路の交通量は多い。だがかえって駐車スペースもないので利用しづらそう。

(10)さて、14時半くらいなのだが、ここから今晩から二泊するホテルへ急がなければならない。駐車場は客室90室に対して、9台分。しかも一泊数百円とられる。これが、先着順。停められなかった場合、近くの有料駐車場を紹介されるようだが、一晩で千円超えるらしい。というわけで、渋々15時に間に合うように行く。駅前だから仕方ないかと言い聞かせつつ。
 結果、二台目くらいだった。

(11)チェックイン後、昼を食べてないことに気付く。適当に近くのサイゼリヤへ。何故かビールを飲む。

(12)妻がケーキを食べたいというので、適当に近くのケーキ屋へ。

 近くのスーパーで適当に食べ物を買って、ホテルに戻って食べる。ケーキは美味しかった。

 そんな感じで適当に一日目終了。

香川県観音寺市02。

ブログ | 2007/12/18 23:59
2007/12/18

(1)三日目、最終日。チェックアウトと同時に、白地城へ。というか、チェックアウトした時に初めて気付いたのだが、この宿自体が城跡に建っているらしい。後で調べたところ、この宿の前身、かんぽの宿の建設時にほとんどの遺構が破壊されたそうな。残念。現在は宿の真ん中に説明板があるのみ。

(2)目的は初日に続き、観音寺のうどん。道中で郵便差出箱一号丸型を見かけたので、撮りにおりると、その商店は簡易郵便局を兼ねていた。旅行貯金も決行。表口が商店、裏口が局入口、だが、明らかに裏口の方はあんまり使われていないようで、荷物が多く置かれていた。写真だけ撮らせてほしいと頼むと、それなら荷物をどかせようと、店主(兼局長)が気を遣ってくれたので、こちらも申し訳ないとおもい、荷物は写らないように撮りますと。店主夫婦は感じの良い方々で、寄って良かった。

(3)車に戻ると妻が寝ている。起きそうにないんで、この隙に二号ポストを発見、撮るの繰り返し。ついでに財田西簡易郵便局でも旅行貯金。その後も数多くの二号を獲得しながら観音寺市へ。

(4)昼前、ようやくうどん屋一軒目、十日屋。ここは本業は製麺所のようだ。今回の旅初めてのセルフ、先払い。ほんのりと甘みの感じるがすっきりとした出汁、やや細めだが噛み応えのある麺、大根おろし、生姜。美味しかった。かなり私好み。これで180円。奇跡。

(5)続いて大和屋。ここは市役所のすぐそば。最初空いていた店内も、12時を過ぎるとあっという間の超満員。待たれながら食べる。出汁は甘め、麺はつるつるもちもち、歯ごたえがあり、ぷちっと切れる。海苔の香りが良い。待ち客に追い立てられるように店を出る。

(6)観音寺市役所で記念の広域交付住民票発行。

(7)(8)満腹なので観光へ。一方宮へ。ここは安産のご利益で結構有名らしく、集落のはずれにあって、小さな規模なのに頻繁に参拝客が訪れていた。どうやら三嶋神社とある方が主体で、一方宮の方が摂社なんだろうが、ほとんど誰も三嶋神社の方は見向きもしない。我々は勿論、三嶋神社、末社もお参り。
 宮司さんも一方宮内におられる。朱印をとたずねるが、そういうのはやっていないと。残念。お守りだけ買い、絵馬を奉納。この一方宮の周辺、床下には夥しい数の丸い石が。これを持って帰って安産を祈願し、叶ったら、適当な丸い石を加えて二つにして返すそうな。住所氏名が書かれているのが多いので、ちゃんと消えてるやつを一個借りて帰る。いつかちゃんと返しに来ねば。

(9)初日に行くつもりだった、世界のコイン館へ。浅いコインコレクターである私は楽しみ、妻は冷静に全く興味がないんですけどと。200円、広い一部屋だけの展示だが、ボリュームとしてもいいくらいだし、解説も平易で、妻も楽しめるほどだった。一番インパクトがあったのは、一万円札をシュレッダーにかけた、切りくずいっぱいの箱。次に、千両箱の実際の重さ。重すぎる。こんなもん小脇にかかえられるわけがない。歴代御札の肖像など色々感心しつつ終了。さらっと見るのにはいい感じだった。深い人が行けば物足りないかと。

(10)すぐ隣に、この辺りの祭りで使われる、ちょうさというものが展示してあるとのこと。見てみる。太鼓台とのこと。掛布団と呼ばれる飾りが目を引く。分厚くて暖かそう。面白い山車だなと感心。
 この施設が道の駅ことひきの情報館らしい。コイン館の土産売り場には店員が二名居たが、こちらは無人で、他に客も居なくて寂しい。

(11)さらにコイン館の反対側に隣接する観音寺市郷土資料館へ。建物自体が大正時代の洋館になっている。無料で資料数、解説もそれほど多くないので気軽に寄れる感じ。建物自体を見るのも楽しい。一番記憶に残ったのは、台風の高潮でこの建物、古い資料が海水につかってしまったということ。140cmも浸水したそうな。その後、有志が一年がかりで一枚一枚資料の塩抜きをしたそうな。

(12)日暮れになってきた。近くに珍しい松があるというので見に行く。根あがり松。元県指定の天然記念物とある。なぜ、元なのかはわからないが、蛸足のようなその姿は珍しいし、よくこんな風になっても生きているものだと感心させられた。

(13)腹も少し空きがでてきたのでうどん、今屋へ。家族経営といった感じで、おじいさんがゆっくりと盆と箸を先に出してくれた。出汁は薄味、麺はつるつるもっちりとした細麺、揚げも入ってた。化学調味料が入ってないということで後味が良かった。

(14)日はすっかり落ち、国道11号沿いにある、かなくま餅へ。ここは本業は餅屋らしい。これまで食べたところで一番、塩味を感じた。といっても、塩辛くはない。つるつるの麺は噛むと程よいところでぷちっと切れる。薄い玉子焼も入っている。揚げは甘め。妻がお勧めのちからうどんを食べているので、餅を少し食べてみた。さすがにうまい。うまいので、餅をお土産に買ったほど。
 余談、お客さんが少なくなるとはなちゃんが来るそうな。可愛いんで興味ある人はどうぞ日が暮れてから。注意としては、看板に照明が灯らないんで、夜になると閉まっているかのように感じること。

 これで事前に調べておいたうどん屋は全て行ききった。まさか行ききれるとは思ってもいなかった。これから高速で帰らなければならないが、ETCの割引の関係で、帰るにはまだ少し早い。ならば、ということで、もう一軒くらい行けるかと、妻が携帯で調べる。

(15)着いたのは、うまじ家。ここは広く、店員も多く、客も割と居る。甘めの濃い出汁、つるっと細い麺。この麺を切るトントンという音がずっと店内に響く。ワカメが珍しいか。ちょっと後味が残る感じがする。お土産用の麺が売っていたので妻が実家用にと買って帰る。

(16)帰る。途中、22時を越えるようにと淡路SAへ。橋の夜景が美しい。暫く写真を撮った後、時間潰しと、消化が良かったのか、なぜか小腹が空いたので夜食となる。ソースかつめしなるものがあるので頼む。悪くはないが、福井のソースカツ丼とは趣が違う。これなら味噌カツ丼のが好み。
 食べ終わると、ちょうど22時くらいで、橋のライトアップが変わるとのこと。あわてて外へでて写真。言われてみれば少し青い部分がでてきたようだ。あっという間に終了。充分休憩となって出発。

 妻が名阪国道まで運転してくれたのでよく休めた。丁度深夜二時頃帰宅。満足のいく讃岐うどんの旅となった。

徳島県三好市。

ブログ | 2007/12/17 23:59
2007/12/17

(1)(2)二日目。大して予定はたててないが、今日は私の希望で、徳島県内、三好市内の観光。とりあえず、金をおろしに阿波池田郵便局へ。旅行貯金と風景印をもらう。宝印。市役所へ行って、記念に広域交付住民票をもらう。

 何も決まらないまま、大歩危方面へ。国道32号を南下、すぐに郵便差出箱2号を発見。車を停めて撮影。また南下、すぐにまた2号を発見、停車しようとすると、妻からクレーム。帰りに撮れと。非常に無念だが、仕方あるまいとあきらめる。代わりに絶対帰りに撮ってやると心に誓いつつ。
 そんなこんなで、その後も数多くの2号他を見送る。気がつくと、脇に流れている川、峡谷の景観が良くなってくる。これは近くで見たいと思うようになる。

(3)丁度、祖谷そばの店、もみじ亭があったので寄る。外は結構寒い。茅葺屋根の店内、ストーブはついているが寒い。眺めが良い川側の席に見える。綺麗に峡谷が見える。もっとも普通の「祖谷そば」を注文。麺はぼそぼそと短く切れる。これはわざとこんな麵だと説明書きがあった。店では食べなれない感じだが、こういうもんだと思えば素朴な味わいで確かに美味しい。

(4)次に妻の希望により、大歩危峡観光遊覧船へ。冬に川下りなんてできるのかと思ったら、冬季はこたつに入りながらとのこと。
 受け付けに行く。12:30とのことで、30分ほど時間がある。施設の周りにある、登って大丈夫かと思ってしまうような展望台に登ったりして時間を潰す。まだまだ時間があると思いながら、ゆっくりゆっくり、峡谷の写真を撮りまくりながら船着場に近づいていく。ふと、舟が出て行くのが見えた。おかしいなと、時計を見ると、乗船時間を一分くらい過ぎていた。失敗した、乗り遅れた。
 船着場の受付の男性には、冷たく、何時に出るか聞いてましたか?と問われる。もう時間は過ぎていますよとも。また30分待つかと途方に暮れていると、10分ほど待っていて下さい、舟をまわしますからとのこと。ありがとうございます。
 妻は寒いんで不機嫌になってきた。15分ほど、寒い中待った結果、舟が来た。本当にこたつが二つ、乗っている。暖かい。外は寒いが、こたつに入ると暖かい。妻の機嫌も直る。このまま貸切で出航かと思ったが、ぎりぎりで女性客二人が乗ってきた。計四人で出航、十分贅沢。
 この寒い中、こたつに入りながらすばらしい景観が楽しめる。私は早々にこたつを出て写真を撮るのに夢中になる。ここの船頭さんの説明は、決まりきった文句ではなく、自分の言葉で話しているといった感じで、親しみが持て楽しかった。
 へんくつ岩、この岩たった一つだけ、他の多くの岩と違う方向に模様が走っている。
 獅子岩、文字通り、ライオンに見える岩。こういう舟に乗ると、必ずある気がする。
 折り返し地点、鯉が数匹現れた。船頭さんが餌をやっている。こいこいと呼べばくるんですと何度も言っていた通りに。
 30分で1,050、こたつがあったのがなんとも贅沢な気分になれた。得した気分。

(5)数年前、私は友人達と行ったかずら橋を、妻にも見せてやろうという気になったので行くことにする。さらに山奥へ。西祖谷郵便局を発見、特定局の割に駐車場が無いらしい。旅行貯金と風景印を取得。ちなみにここも宝印。ついてる。

 かずら橋の前に、露天風呂へ行きたいというので行くことにしたのだが、道路工事中で通行止めになっていた。一時間のうち、五分だけ通れるようだったが、さっき閉まったばかりで、一時間も待てないんで泣く泣く諦める。

(6)西祖谷のかずら橋。数年前に来た時は、秋の連休中で、かなり人が多く、満足のいく写真が撮れず、ずっと心残りだった。ところが今日は、冬の平日、渡る人もほとんど居ない。やっと満足のいく写真が撮れた。
 いよいよ橋を渡る。怖いからとぎりぎりまで妻は嫌がっていたのだが、雰囲気にのまれたのか渡ることに。一回っきり、一方通行で渡るだけで500円。以前は高い、ぼったくりとまで思ったものだが、冷静に考えてみれば、この金でこの橋を維持管理してるなら、頑張って下さいと思えるようにまでなっていた。前回も結構足元がスカスカで怖かった印象はあったのだが、今回も怖かった。動けなくなるってことはないのだが、バランスをくずしたら、足を踏み外すことは容易い。渡りながらも写真を撮るのに夢中になってて、何度かよろけた。妻も必死に渡っていたが、もう二度と渡りたくないとのこと。

(7)渡って徒歩数分、琵琶の滝も見る。このコースも前回と同じ。思ったよりも水量が乏しかった。全体像を撮るのも難しかった。

(8)もう16時近く、日が暮れかけてきた。帰りに、渓谷が綺麗に見えるという案内に惹かれてそば屋に入る。祖谷美人、渓谷店。店外の展望台から綺麗に祖谷渓谷が見える。テーブルもあってそこでそばを食べることもできる。寒い日なので、外で食べている人は居ないが、我々はそこに座る。
 店内に店外で食べてもいいかと声をかけ、結構待つが、店員が出てこない。店内に入って、メニューもってっていいかと聞いて、持って行く。決めてしばらくまつが、オーダーを取りに来ないので、店内へ注文に行く。かけそばと名物らしい、でこまわしを頼む。ここも当然、ぼそぼそとちぎれるような麺、寒い中で暖かいものを食べるのは美味しかった。でこまわしとは、豆腐や蒟蒻をおでんのようにして、味噌で縫ってやいたもの。ゆず風味で美味しかった。

 帰りは妻も寝てしまったので、ポストを思う存分撮りながら。日が暮れたらいつもは撮らないのだが、行きに見過ごしたポストを諦めきれず、ヘッドライトを利用して撮り続ける。

(9)レストハウスウエノで夕食。ここは、数年前電車旅時、阿波池田駅から歩いて訪れたことがある。その時は、私一人しか客が居なかったので随分寂しく感じたが、安くて美味しかった記憶は残った。
 中に入ると、改装したのか全然記憶がない。二階にのぼり、ダム湖を見ながら焼き肉定食を食べる。やっぱり美味しかった。残念だったのは、眺めはいいはずなのだが、暗くてあんまりよく見えないこと。

(10)今晩もあわの抄別館へ。風呂はついているのだが、暖まりたかったので本館の温泉へ。500円で安いのだが、湯船はひとつ、外も庭が見える程度なので、のんびりとした気分にはなれなかった。

 二日目終了。最終三日目はまた観音寺でうどん巡り。

香川県観音寺市01。

ブログ | 2007/12/16 23:59
2007/12/16

 香川に来た。主目的はうどん。高松や坂出あたりは以前行ったことがあるので、今回は西讃、観音寺。

(1)前日夜から車で一気に到着、早速うどん。営業時間の関係から、つるやへ。腹が減ってた勢いで、食べたくなったぶっかけうどんを頼んでしまった。頼んでしまったというのは、本当は、普通のかけうどんを頼んで、各店で食べ比べるつもりだったから。久し振りの讃岐うどん、うまい。やはり、伊勢うどんより好み。あっという間に食べる。食べ終わって、かけうどんを食べねばと思い、二杯目を頼む。しょうゆかけを頼んでしまった。しまったというのは、普通のかけうどんもあったのを見落としたから。名物しょうゆかけという言葉に惹かれてしまったから。よく効く大根おろしとゆずがついてきて、醤油をかける。これもうまい。
 接客してくれたホールの店員は二人。一人は愛想良かったのだが、もう一人は迷惑なのかと思うくらいに愛想がなかった。これはマイナス。残念。

(2)続いては、柳川。ここは製麺所も兼ねているらしい。というか、製麺所だが、ついでにうどんも食べられるといった感じ。周りは古くからの住宅地、道も細い。客はほとんど地元民のようだ。自転車で乗りつける中学生なども。かけうどんを頼む。だしはやや甘め。麺は驚いたが、細くつるつると喉に入っていくような麺。色々行きついた結果、この喉越し重視な麺になったらしいが、なるほど。店員は製麺で忙しそうだが愛想は悪くない。そればかりか、私が清算している間、テーブルの上に置いといたデジカメが壊れてるのかとびっくりしたと、妻と談笑していた。ちなみに、私のデジカメはぱっと見液晶が割れてて、壊れているように見える。が、性格には液晶のカバーが割れているだけで、性能に影響はない。どうでもいい話。

(3)満腹なので観光へ。琴弾八幡宮というのが大きそうなので訪れる。問題は、石段がかなりあるらしい。381段なそうな。ゆっくりゆっくり、石段の脇にある末社も参拝しながら登ったので、妻も文句言わずついてきた。それにしても、これだけの神社の割には、石垣が折れてたり、灯篭が倒れてたりで、やや荒れている感じがし、本当に上に人が居るのかと不安を覚える。
 やっとついた拝殿。受付も脇にあるが人がいない。がっかり。とりあえず、高いだけあって眺めが良いので、海や町並みを眺めたりしてすごす。突然、下から菓子パンを買い込んだ、軽装の若い男性が現れ、挨拶される。ひょっとしてと、話しかけてみると、神社の方だった。昼食を買いに下界に降りていたところだったようだ。声をかけたものの、昼食の邪魔をすると悪いと思い、後からで構わないと断りを入れたのだが、結局、そのまま朱印を書いてもらうことになった。神社にしては珍しく、二種類ある。神社にしては珍しく、両方とも霊場(?)巡り用だ。この石段、上り下り大変ですねと声をかけると、一日何度も往復するので、慣れましたとのこと。夏は汗かいて大変ですがとも。偉いなあと頭が下がるとともに、これだけの石段でも慣れるもんなんだなあと感心。

(4)(5)そして神社裏の展望台から眺める、銭形砂絵。今回の旅のメインと言っても良い。幼い頃、ライトアップされたここの写真を見て以来、ずっと見てみたいと思い続けてやっと叶った。綺麗な円形に見えるように、わざと楕円で作ってあるとか、市民が整備して作っているとか、色々感心した。また、ここから海に沈む綺麗な夕日が見えるようだ。まだ時間が早いので後でまた来ることにする。この展望台までは車で来られる。

 神社に戻り、石段を降り、広い境内の末社を全てまわる。途中、ランニングしている、野球部であろう高校生に元気よく挨拶される。二十人くらい居たが、一人一人、擦れ違うたびに。こんなことは初めてで、礼儀にしっかりした学校だなあと感心した。皆そのまま、神社の石段へと消えていった。あそこを上り下りするのか。これは大変だ。


(6)石段上り下りで、ある程度うどんが食べられるようになった。大西へ。ここは、うどんもうまいがてんぷらが評判とのこと。かけうどんもついてくる、天丼定食を頼む。天丼は評判どおり美味しかった。うどんも、てんぷらの評判に隠れがちだが充分美味しい。甘みのないダシ、天カスが入っている。麺は固めでぷつりときれる。店を出ると同時に閉店となった。良かった。

 夕暮れ時。再び銭形砂絵を見に行く。いい具合に、海にしずむ夕陽が見れた。今年の年賀状の写真は決まった。例年、自分が撮った夕日の写真を朝日のようにして送っているのだが、これまで朝日だったことは一度もない。本当は朝日を撮りたいのだが、根性がないため、早起きできないため。一応、どこで撮影した写真かも書いて送ってるので、鋭い人なら夕日だと気付くかもしれない。今のところクレームはない。
 展望台から降りると、銭形砂絵の間近まで近づくことができた。当然、砂絵そのものには立ち入りは禁止なのだが、足跡がいっぱいついている。まさかこんなに簡単に近寄れるとは思ってもみなかった。

(7)日も暮れて、本日最後のうどん、一力へ。幹線道路沿いにあるが、ひっそりとした雰囲気。おばあさんと店主でやっている、食堂のようなお世辞にも綺麗とは言えない、昔ながらのうどん屋。客は始終私たちだけだった。座ったテーブルの脇に、暖かいようにと七輪を持ってきてくれた。テレビや音楽もなく、暗い雰囲気なのだが、味に間違いはない。本当に美味しかった。麺が好みだった。つゆもやや塩味を感じて好みだった。余計なお世話だが、もっと客が入ればいいのにと応援したくなる店だった。たまたま少なかったのかもしれないが。

(8)峠を越え、徳島県へ。今晩の宿は、阿波の抄の別館。フロントは本館、しっかりした応対。かなり安いのだが、2LDKの部屋を貸してくれた。冷暖房、冷蔵庫、バストイレ、台所完備。費用対効果が凄い。これは大勢で泊まりにきても楽しそうだ。充分広い。二人だと広すぎる。
 阿波池田駅近くのスーパーで地酒と刺身を購入、適当に飲み食いして一日目終了。

岐阜県大野郡白川村01。

ブログ | 2007/12/8 22:09
2007/12/08
 何度目かの白川郷。豪雪イメージで訪れたが、まったく積もってなかった。意気込んでスタッドレスに変えたのにも関わらず。

 駐車場。おかしいな、いつも無料で停められたのにと思いつつ、500円払って停める。後でわかった。これまでいつも停めてしまっていたのは、村の図書館などの施設用駐車場だった。殊更に観光客停めるなとは書いてないが、本当は駄目なんだろう。

 まずは朝食、といっても十時過ぎ。妻が温かいものを食べたい。というので、適当に店を選ぶ。中華そばとの看板に惹かれ、白楽へ。
 土産物屋の奥が食堂といった感じ。レジにいた主人に食べられるかと尋ねると、中華そば程度ならと。奥に案内される。まだ本格的に開いてなかったのか、電気はついていなかった。
 席へ案内される。窓から綺麗に雪山が見える。おかみさんは、ちょうどガスがかかって見えないが、あのあたりが何岩、あれを越えると石川県、展望台には行ったかなど、愛想良く親切に話してくれた。
 さすがうちの売りと言われただけあって、美味しかった。思ったより塩辛くもなかった。途中、サービスで古代米を出してくれた。うちではこういうの作っているんですと。

 明善寺へ。ここは数年前に入っている。なぜ来たか。その時気付かなかった、書状収集箱型のポストを見るため、撮るため。満足。

 そのまま歩くと、みたらしが売ってるとの看板。妻が欲しいというので買う。醤油味とごま味噌味。迷ったら両方。ついでに五平餅。やや甘め。満腹。

 さらに歩くと神田家という民家があり、中が見学できるようだ。ここで迷う。前回、確か和田家には入ったのはなんとなく覚えているのだが、前々回より前はあまり覚えが無い。ここは入ったかどうか。迷ったが、妻は入っていないことは間違いないので入ることにする。
 敷地に入る前に、「←ベストショット」という案内書きがある。これは気に入った。普段から、なにか建物を撮ろうとすると、ベストショットはどこかと探し回っていた。ここは親切にも教えてくれている。満足。
 中に入る。女性が愛想良く案内してくれる。簡単ではあるがわかりやすく、面白かった。ここの売り、耐震構造の説明は本当に感心した。あの大きな屋根は、乗っかっているだけとのこと。また、屋根裏の一番高い部分まであがれた。そこから外も見えた。これは初めての体験で感動。
 見学を終え、一階に戻ると、お茶でもどうぞといわれる。座敷や囲炉裏で勝手にくつろげる。ビデオがやっている。この、神田家がテレビで特集されたときのものだ。さっき写真を撮ってくれた男性がテレビに出ていた。初めてここの当主だと知る。
 かなりのんびり休む。これで三百円は安い。出る時に受付の方に、また違う季節に来てくださいと声をかけられる。よほど気に入ったと思われたのだろう。豪雪期でもやっているのかと尋ねると、力強く、はい。と。またこよう。

 昼食。手打ち蕎麦が食べられると聞いて訪れた。乃むらへ。カウンターだけでそんなに広くない。おかみさん、愛想が良い。愛想が良いというか、心がこもっている感じで非常に感じが良い。温かいそばを食べる。少しもちっとした感触。他の客との会話から、八割そばらしい。
 蕎麦と関係ないが、ちょっと驚いたのは、ある皇族の写真があったこと。私はその方の、私服(かなりラフ)な写真を初めてみたから。一般有名人のように、気さくに写真に応じて、飾られているといった感じで、なかなか新鮮だった。

 暫く集落内を散歩した後、荻町集落を後にする。

 次に見たいのは、国道沿いにある一軒だけぽつんとある合掌作り。遠山家。既に15時半、いつまで開いているか聞いたら、16時までと。諦めて次回へ。

 平瀬温泉へ行く。つもりだった。妻が寝た。起きない。仕方ないので、近場で目に付いたポストをいくつか撮影。

 結局起きないんで帰るが、途中で私が眠くなり代ってもらって帰る。先に寝溜めしてくれてて良かったかもしれない。

三重県伊勢市02。

ブログ | 2007/11/21 18:50
2007/11/21
 何度目かの伊勢神宮。と、その近辺。

 このあたりのうどん屋へ行こうと思ったが、頼みのtoGoListがメンテナンス中か、携帯からアクセスできない。参った。この辺だとはぼんやり覚えているのだが諦める。おはらい町通りに出てしまう。

 通りに出ると、やっぱり本当に赤福は閉まっていた。ここが閉まっているのなんて当然初めて見た。寂しいもんだが、私自身は餡自体苦手、甘いものファンではないので、これといって残念というほどでもない。

 妻がおかげ横丁内のふくすけで、土産に伊勢うどんを買いたいというので付き合う。ここは何度か食べたことがあるので、今日食べるつもりはなかったのだが、二人で一杯頼んで食べてしまった。ここは大衆向けだと思う。伊勢うどん初心者にも。

 おはらい町通りの店が開き始める。では、中井屋から。タレはとろみがある。麺はくたくたというより、やや柔らかい程度か。ここも割と一般向けな感じ。

 続きまして、岡田屋。出された伊勢うどん、タレと麺の配置が美しい。麺はもちもち。タレは甘くない方。ここは他に客が居たのだが、煙草臭くて敵わなかった。早々に出る。

 このまま内宮参拝へ。脇目に、赤福の内宮横の支店。ここもやっぱり閉まっている。寂しい。

 橋を渡り、川へ寄り道。紅葉が綺麗で、澄んだ川の流れによく映えていた。
 内宮参拝。近づいて撮ることは禁止されているので、石段下からが精一杯。
 野良鶏が居る。こんなんおったかな。

 続いて、外宮の別宮、月夜見宮へ行く。ここは駐車スペースがないと思い込み、この前いけなかった所。実際は車で境内に進入すれば良かった。伊勢市内、市街地の真ん中にあるが、中はかなり静か。無事に朱印をもらう。近くに別宮ないか尋ねるが、既に行ったところばかりだった。

 続いて、茜社へ。地図を見ると外宮の一部のように見えるが、訪れたことが無かった。入ってみると、別の神社だということがわかる。受付もあり、朱印も貰えた。摂社が豊川稲荷の関係しているらしい。夥しい数の狐の置物。色々写真を撮ってるうちに、受付は閉まっていた。まだ16時前だったが、先に朱印を貰っといてよかった。

 最後に、伊勢うどん。個人的に一番楽しみな、伊勢かつ丼が食べられるつきよみ食堂へ。まだ開いてなかった。暫くポスト探しして時間をつぶす。旧街道沿いに結構発見する。

 17時過ぎ、無事につきよみ食堂へ。伊勢うどんと伊勢かつ丼を頼む。うどんはややすっぱい感じでさっぱり、平麺のよう。食感も良い。楽しみにしていたかつ丼、これは驚くほど美味しい。全然くどくない。また食べに来たい。ここは店内が終日禁煙らしく、その点でも気に入った。

 私の主目的の松阪七福神は全然行けず。全部回り終えるのはいつになるのやら。

三重県松阪市。

ブログ | 2007/11/20 16:41
2007/11/20
 遅い始動。松阪にて。もう昼。

 松阪と言えば、松阪肉と妻が騒ぐ。私はあんまり興味ない。知らぬまに、携帯で近くの、昼からやってる松阪肉食べれる店を探し当てる。そこまでしてもらったら行きます。

(1)千力のあたご店。多分、有名。らしい。ランチタイム、客は我々の他に一組居たが、すぐに出て行った。始終我々だけだった。
 やっぱりというか、普通の肉と、松阪肉でわけてある。普通の肉からして高め。妻はある肉全てが松阪肉と思い込んでたんで、放っておいても良かったんだが教えてやる。松カルビ、1,300円。高い。相対的には知らない。絶対的に高い。が、注文することにする。
 来た。やっぱり脂身ばかり。不健康な肉だ。私はどちらかというと、赤みの固い肉を噛んでる方が好み。脂のふにゃふにゃの肉は元々好きではない。
 というわけで、食べたが、ああ、こういう感じだなと驚きもなく、経験として捉えて終わり。とりあえず、ご飯だけはたくさん食べたので腹はふくれた。フォローしておくと、別にまずくないし、文句言ってるわけでもない。

 次がメイン。この日一日、松阪霊地七福神めぐりをする。これまで色んな寺社を訪れ、朱印も頂いているが、霊場めぐりをして達成したことが殆どないため。いい具合に、あまり知られてない、かつ、存続しているらしい霊場めぐりがこれ。ある程度下調べしておいた。事務局がどこにあるかとか。

(2)教主山無量寿院来迎寺。天台宗真盛派らしい。ここに来るまでの道は狭いが、境内は結構広い。本堂を参ろうとしたら、戸は閉まっていた。庫裏を訪ねる。
 インターホン越しに応答がある。七福神めぐりについて伺い、朱印を欲しいという。何だか不審がられたのか、あんまり歓迎されてないような感じだ。暫くして、ご住職と対面、本尊と大黒天の朱印、七福神めぐり用の色紙を頂く。色々話しているうちに、疑念が晴れたのか、親切な応対をしてもらえるようになった。一箇所無人だから、この世話人に連絡して下さいと、携帯電話の番号も頂く。最後に、本堂内、大黒天などを拝観できないかと尋ねると、運悪く、来客中なのでと。また来ると言って去る。今度は連絡してきますといったら、そちらのほうが有難いとのこと。
 改めて建物をじっくり見る。立派な本堂。後ろに塔のように建物がくっついている。大変珍しい。国の重要文化財。
 参道前に郵便差出箱九号発見。後でわかったが、このあたりは大体マッピングされていたが、これは漏れていた。幸運。
 山門もかなり立派。彫りや瓦の猿の飾りが素晴らしい。裏門は市の文化財。他に誰それの墓という文化財があるらしい。広い墓地を探すも結局見つからず。

 既に夕方。日も暮れる。1/7で終了とは。

Amazon

ザ・松阪牛
中日新聞三重総局

三重県伊勢市01。

ブログ | 2007/11/19 23:59
 プロジェクト、無推敲。この前の旅記録。

 妻がうどんを食べたいというので、香川に行こうかと思った。かなり行く気になったが、ETCついてる妻車がちょうど使えないので、わざわざ普段より高い金かけて行きたくないって気になってやめた。代わりに、伊勢うどんでお茶を濁す。近いし。私の車だと運転変わってもらえんし。

2007/11/19
 伊勢に向かう。無論下道なんで、二時間くらいかかったが無事に昼時に着く。

(1)喜八屋へ。結構迷った。店の前を丁度道路工事していて、停めづらい。入った途端、煙草の煙がすごい。世間は平日のランチタイム。観光客っぽいのはあまり居ない。ここはタレが深くてうまかった印象があるんだが、思い返しても、煙草がきつくて早々に退散したことが一番印象に残ってる。あと、老舗の割には、店員さんの態度が愛想よくやわらか、丁寧で好感がもてた。ただ、ランチタイムはやめたほうがいい。
 関係ないが、この店の角に郵便差出箱一号丸型。撮影。

(2)続きまして、つたやへ。ここは古くからの町並みにあるような店で、観光客向けではない。と思う。実際、食べてた人はラーメンとか食べてた。食堂のような雰囲気。伊勢うどんっぽい伊勢うどん。くたくたもちもち。
 関係ないが、この店の向かいに郵便差出箱九号初期型。

 ここまで食べて満腹。妻は満足だが、観光主体の私が不満足。というわけで、このあたり、河崎というらしい町並みが古くて有名らしいんで、観光。
(3)河崎は、川で発展したらしい。川の駅というのがある。見た目は古い蔵。本当に舟が来て、乗れるようだが、ここが終着の始発で、一日一便のみ。こっから乗って移動したら行きっぱなし。戻ってこれない。

(4)次はメインの伊勢河崎商人館。古民家大好き。昔の酒問屋の屋敷が残っていて公開されている。面白かった。広く、蔵も残ってて、色んな資料を展示してた。平日でタカをくくっていたが、割と団体の観光客が来て驚いた。300円は安い。

 古い町並みを歩く。民家や商店として現在も使われているが、いちいち説明書きがしてあって面白い。観光客は他に見当たらない。というか、抜け道になってるようで、車が結構なスピードで通り過ぎていき、気は抜けない。
(5)伊勢河崎郵便局発見。時間は16時になったばかり。思い出したように旅行貯金を決行しようと、中に入るも、窓口は開ける気はないぞという感じで閉まっていた。残念。

(6)町並みの端まで行く。戻る。コーヒーが飲みたかったので、あと30分で閉まる、石蔵を改良したという店へ入る。暗くなりかかり、町並みに観光客は居なかったが、中には先客。そのせいか、結構待たされた。20分以上は確実に待った。まあ、コーヒーは美味しく、シフォンも美味しかったのでよしとする。日は暮れた。

(7)車に戻り、あまり腹も減っていなかったが、とりつかれたように伊勢うどんへ。福野屋。割と広い店。遅くまでやっているらしく感心。ねぎが別の器で来た。結局全部かけるけども。ここも伊勢うどんっぽいかな。まあ、おなか空いてなくて、やや無理して食べてるんで正当な評価も下せず。
 関係ないが、この店の斜向かいにポストがあったが、暗いんで撮る気なくした。

 割と長くなったんでこの辺で終わり。

新潟県五泉市。

ブログ | 2007/11/13 18:13
2007/11/13
 朝から雨が降ったりやんだり。五泉市村松。

 入るつもりだった温泉が10時からじゃないと入れないというので、しばらく付近の集落をポストさがし。
 居た、二号。幸先が良い。

(1)ポスト探してるつもりが、天然記念物との案内板を見つけ、とりあえず、樹齢千年の杉を見る。その杉がある神社の隣に宮司さん宅があって、女の人が居た。朱印もらえるかどうかたずねるも、宮司じゃないとわからない、今は不在と言われ諦め。

(2)10時に金割鉱泉へ。平日の朝から旅館の風呂へ行く奴もそんなに居ないのか、始終貸切。水道まで源泉でいい湯であった。
出るときに、宿内にあった一枚の写真についてたずねる。昭和60年、当館の裏を通る蒲原鉄道とあった。
 ご主人と奥さんは丁寧に教えてくれた。すぐ近くに、旧高松駅のホームのコンクリ部分が残ってること、一番古い車両が近くに静態保存されていること。

(3)言われた通り近くにホームの跡らしきものをみつける。しばく廃線をたどるが、進めそうもないので国道に戻る。

(4)さらにそのまま加茂方面へ。暫く走ると、道路沿いに車両があるのをみつけ、中に入る。中に入れるとは思ってなかった。びっくり。状態も雨ざらし、豪雪ざらしの割にはよい。管理しているスキー場?ががんばっているのであろう。

 久しぶりに旅行貯金決行。民営化後初。
 風景印ももらったのだが、その際、年賀はがきの絵入りの奴が全国で統一されたと聞く。前は郵政局ごとに違ってましたよね?と応対した局長に尋ねる。二人で残念ですねーと言い合う。

(5)昼過ぎに、視後平滝を見ようと向かう。ここは、夏季はヒルが居るので近づけず、秋季は蜂、熊でこれまで諦めていたところ(熊の危険性はまだ消えてないが)。
 林道を暫く行くと予想以上に立派な案内板。ただ、道は整備してないので、十分気をつけて勝手に行ってくれとのこと。
 雨のため、斜面を下る細い獣道は水が流れる。早々に靴の浸水は諦める。8分ほどで滝につくという言葉から、強気でなめてかかっていた。
 落ち葉の降り積もる細い道、滑落しかける。なんとかとどまったものの、ズボンは泥にまみれた。まあ、他に何も被害がないのが幸い。左手に傘、右手に熊避けのペットボトルを…

 あれ。一回編集したら後半消えたような(こっちのミスぽい)。ま、いいか。気が向いたら書き直します。
続き。

…ポコポコならしながら、ロープにつかまりながら沢に下りていく。既にテンションはかなり低くなっている。滝はさらに沢を渡っていかなければならないようだ。雨の影響か、どうやっても濡れずに渡れなさそうだ。ほんの2mくらいの浅い沢なのだが、転倒すると鞄やらカメラやら時計やらがだめになりそうなので、ここで断念。
 とりあえず、泥だらけのズボンを脱いで、沢で泣きながら(気持ち)すすぐ。そのまま濡れたまま即はく。ロープをつかまって、行きに滑落しかけたところを慎重に渡って戻る。すっかり憔悴しきる。
 上着を車のシートにひいて濡れないようにする。暖房をがんがんにつけて頭や体、雨で濡れたのを乾かそうと試みる。暫く何もする気がおきなかった。

 ある程度乾いたので、気力を振り絞り、16時前に簡易局で旅行貯金。終えてポストを撮ってると、応対してくれてた局員(若い男性)が出てきたので、取集時刻について尋ねる。月曜のみ何時という特殊な時間だったので。
 局員曰く、「…うーん、これ、古いですね」と。要するに、この時刻は間違っている、今は月曜の区別もないし、時間も違うと。支店シールは貼ってあるが、時刻は修正されてない。むしろ、この時刻は局員が子供の頃からこのままとのこと。
 それをきっかけに暫く雑談。民営化は世間が思っているほど完全に引き継げていないことや、管轄局が変わって不親切になったこと、正直民営化前のが良かったという貴重な話を伺えた。

(6)すぐに日が暮れる。ポスト探しもできないくらい。待ち合わせにまだ時間があるので、漫画喫茶へ行く。そしてこれを書いて時間を潰していた。結局漫画は六冊持って入ったのに一冊も読みきれず。

福井県敦賀市。

ブログ | 2007/6/16 23:59
2007/06/16
 あんまり覚えてないが、多分、北陸道経由で帰る際に、ソースカツ丼を食べるために敦賀で降りた、んだと思う。

(1)敦賀のヨーロッパ軒は何度も来ているが、その都度違う店舗を訪ねるようにしている。意味はない。今回は、駅前店にした。駅から近い割には一度も来たことが無いのは意外だった。
 目当てのソースカツ丼、何を頼んだかはうろ覚えだが、多分、ミックスカツ丼的なものだと思う。「ソース抜き」で頼む。ソース抜きとは、ただのカツ丼にしてくれってわけではなく、牛丼で言う「つゆぬき」だ。余談だが、私は米が汁に浸った状態が好きじゃない。前に訪れた違うヨーロッパ軒で、つゆぬき状態での提供もできると知って喜んだ。そういうわけで、上に乗っているカツはソース味、ご飯はできるだけ白米状態だ。普通に頼むと、白米はソースにまみれている。勿論、好みなんで、妻なんかはそっちのが好きだと言うが。
 美味しかった。満足。普段、ソース自体そんなに好きじゃない私でも、ここのは美味しいし、よそでは食べられない。一度、ソースが売ってるので、買って帰って、適当なカツにかけてみたが、味は再現できなかった。

 なんとなく、目についたポストをいくつか撮る。運よくマッピングされていないものが多かった。

(2)ついでで気比神宮に参る。以前来たことはあるのだが、交通安全お守りや朱印帳は買わなかったので、あるかどうか確認のため。たしか、お守りはあったが、朱印帳は無かった気がする。

 かなり日差しが強い日だった。その後何することもなく、下道で帰る。

奈良県奈良市~大阪府大阪市北区。

ブログ | 2000/8/16 23:59
シリーズ○年前の今日此頃。残された写真から記憶を掘り起こして過去日記。

2000/08/16

 青春18きっぷ使用、多分普段通りなら、神領駅からスタート、亀山駅で乗り換え。

(1)09:00頃。あっさり奈良駅着。多分、初の列車での奈良入り。駅舎が雰囲気あって喜んだ気がする。

(2)奈良三条郵便局。駅前、早速旅行貯金。

(3)奈良小川町郵便局。なぜか旅行貯金を続けてる。

(4)奈良下御門郵便局。止まらなくなったらしい。

(5)奈良町庚申堂。目指したというよりは、通りがかっただけ。

(6)御霊神社。ここも通りがかり、朱印この頃集めてなかったので、文字通り通りがかって終わり。

(7)元興寺。塔跡は無料だったので見て、肝心の寺の中へは有料だったので入らなかった。貧しかったので。

(8)猿沢池。通りがかり。

(9)興福寺。写真数枚撮って通過しただけ。朱印始めてないもんだから、寺院に対して恐ろしいほどに淡白。

(10)奈良県庁。県庁制覇シリーズ。訪れて写真撮っただけ。

 奈良県庁内郵便局。これは押さえておく。

(11)奈良東向郵便局。奈良駅に戻ろうとしているようだ。

(12)漢国神社。朱印もらわないからここも参拝しただけ。

(13)春日率川坂上陵(開化天皇陵)。いきなり静かな雰囲気に惹かれて寄った。だけ。

(1)11:30頃。奈良駅より、普通列車和歌山行きに乗ったようだ。乗車中のことは全く覚えていなくて残念。

(14)14:45頃。和歌山駅。ここから、市内を観光して和歌山市駅を目指すということにしたんだと思う。

(15)和歌山美園郵便局。駅近くだったんだと思う。また旅行貯金をする。宝印で喜ぶ。

(16)和歌山吹屋郵便局。またも宝印で驚く。多分、ここらへんの局で、次のどこどこ局は、こんな絵柄ですよ、などと親切に教えてくれるもんだから、引き続き旅行貯金をすることになったのだと思う。

(17)和歌山広瀬郵便局。鷹匠は絵柄が違ったと思うとかなんかで、電話して確認までしてくれたのは多分ここらへんの局だったと思う。

(18)和歌山鷹匠郵便局。最初予定していたコースより遠回りになるのだが、これまでの局で電話確認までしてくれたからには寄らなくてはと寄る。

(19)和歌山吹上郵便局。そろそろ和歌山城に近づこうとしている。

(20)16:00頃。徳川吉宗生誕地。通りがかり。偶然。

(21)16:15頃。和歌山県庁。県庁制覇シリーズ。綺麗な庁舎で驚いたのと、ひいて撮るのがちょっと難しかったのが印象に残っている。多分、中には入っていない。

(22)16:30頃。ようやくメインの和歌山城。それなりに丁寧に見ていくのだが、貧乏なので元から中に入る気はなかったようだ。天守閣さえ写真に収められれば満足していたような。

(23)17:15頃。和歌山市駅。一度だけ人に和歌山市駅の方角を聞いた気がする。方角がわからなくなって聞くことは滅多に無い。「和歌山市駅はどっちになりますか?」と聞いて、「市駅はどうのこうの…」というように、市駅と略すことに、なるほどと思った。和歌山駅と和歌山市駅ってややこしいだろうなと思っていたため。
南海がメインの駅のようで、とても立派。駅員も南海だったと思う。下車印ではなく、駅名小印を押してくれた気がする。JRホームは間借りしているような感じで、改札とかが独立していて、肩身が狭そうにしていた。

(24)18:20頃。目的も無いので乗り潰している。関西空港駅に到着。特に何するわけでもなく引き返すのだが、ひょっとしたら空港は初めてだったかもしれず、それなりに感動した気もする。

(25)19:10頃。鳳駅。本当にただ乗り潰すだめだけに乗り換え。暗くなってきた。

(26)19:20頃。東羽衣駅。ただ来ただけ。でも、駅員さんの感じが良かったからか、少し会話をする。どうして、この駅だけ飛び出てるのかなど。多分、近くに私鉄の駅があったりで、割と利用者居るみたいなこと聞いてへーと思った記憶あり。親切に応じてくれた印象も残っている。

(27)21:45頃。葉村温泉。大阪駅から夜行に乗るため、大阪駅近辺で銭湯をあらかじめ探しておいて訪れたんだと思う。大阪駅から徒歩15分くらいという案内があった気がする。ぎりぎり行ける範囲かなと思ったのだが、結構遠く感じた。中はあんまり覚えていないが、初めて、洗髪するのに別料金が要るというような案内を目にして驚いた気がする。内容に不満は無かったが、やっぱり歩くと駅から遠かったこともあって、その後訪れることはなかった。

(28)大阪駅。ムーンライト八重垣に乗る。
 このあと山陰をめぐって、広島まで出て、ムーンライト山陽で帰ってくる旅をした。

三重県鈴鹿郡関町。

ブログ | 2000/7/23 23:59
シリーズ○年前の今日此頃。残された写真から記憶を掘り起こして過去日記。

2000/07/23

(1)09:00頃。多分ガストで朝食、当時、日本全国ガスト(行き)潰しということで、なるべく違う店舗のガストで食事して、外観を記念撮影していたというしょうもないことをしていた。まだ全国にガストが600店舗とかいうレベルだった時代。まあ、その時代でも行き潰すなんて到底無理なんだが、誰かと集まって食事と言えば、居座れて安価なガストばかり、そんなマンネリに何かしら付加価値を見出して、楽しめればということが動機だった気がする。が、別に大したことない。

(2)11:00頃。よっぽど暇だったのだろう「鈴鹿川の源流を探る」なんてことをやりだした記憶がある。適当に地図と照らし合わせて、鈴鹿川をさかのぼる。国道1号線の鈴鹿峠付近までたどり着き、林道、未舗装になり、かなりひどい道になりそうだったので、車をおいて徒歩で進む。道とは思えないほどの酷い道。そしてたどりついたのが坂下峠というらしい。そしてこの林道が、神大滝林道というらしいのは今知ったこと。その筋では有名な、ひどい道のようだ。
思えば、これが私の廃道への興味への出発点となった気がしないでもない。とにかく、路面がでこぼこでひどい道で、水が流れてえぐり続けたらこうなるといった感じだった。坂下峠で休んでいたら、オフロードバイクが滋賀県側から現れて驚いた気がしないでもない。
で、結局、鈴鹿川の源流を探しているつもりが、上大滝林道にのめりこんで、坂下峠にたどり着いて満足感を得て、引き返したようだ。

(3)13:49。地図を見たからか、通りがかったからか、岩屋十一面観世音菩薩を訪れる。清滝という小さな滝とお堂がある。

(4)20:00頃。ステーキワンにて夕食。どこの店舗か覚えていないが、場所から考えると多分鈴鹿店。安くサラダバーで食べ放題だったので、当時はよく行ったし、全国にも何店舗かあったが現在は規模がずいぶん小さくなったようだ。

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