市川又左エ門家[三重県員弁郡笠田村→員弁町→いなべ市]

ブログ | 2011/10/29 08:53
まずは登場人物のまとめですが、読み飛ばし可能です。市川又左エ門は、市川又左ヱ門や、市川又左衛門、または市川又左衞門という表記のゆれが考えられるので注意が必要です。

【家系図はこちら】

市川又左エ門家は、高祖父の母である市川りゑの実家にあたります。私の姓である市川と同じですが、市川家の一員として戸籍にはでてきませんので、別家と考えられます。便宜上、市川又左エ門家としていますが、初代かどうかも全くわかりません。住所は同じ集落内で、同じ姓ということからもっと上の代で繋がっているかもしれません。
また、この又左エ門という名前で伯父や父、私ですら少し思い当たる節があります。近所の市川家で、「又」の字を名前に代々継いでいらっしゃる市川家があります。私はそういう家があるということをなんとなく知っていた程度ですが、父世代になると顔見知りのようなので、いずれ聞いてみると何かわかるかもしれません。ただ、唯一の接点となる又左衛門は相当昔の人なので、戸籍で繋がりを証明するのはかなり難しいとは思います。

市川又左エ門[?~?]は、私の高祖父の祖父にあたります。高祖父の母、市川りゑは長女で、市川家二代目の市川源次郎に嫁ぎます。市川りゑの戸籍に「弘化二年二月十七日本縣員弁郡笠田村大字○○○  市川又左エ門長女入籍ス」の文でのみ名前を確認できます。長女りゑが文政11年(1828年)生まれなので、又左エ門が15歳~45歳であったとするなら、天明3年(1783年)~寛政~享和~文化10年(1813年)生まれと推測されます。戸籍ができた明治19年(1886年)に存命であれば、73歳~103歳なので、戸籍に載っている可能性もあります。仮に100歳で亡くなったとしても大正2年(1913年)までで、それより後の存命の可能性は低そうです。

【今後これ以上遡るのに考えられる方法】
・「又」の字を継ぐ家を伯父に紹介してもらう。
・旧土地台帳から一番古い当主の名を調べ、その戸籍内に又左エ門と名前がわからない妻が入っていないか除籍謄本を請求してみる。
・集落内の墓地で又左エ門の名を再度探してみる。

※何かご存知の方、関わりがありそうな方々メールまたはコメント宜しくお願いします。m(__)m
タグ
 
初めまして、市川と申します。うちの家紋も三つ引き両で子供の頃にあった家は屋根に家紋が入ってました。うちも遡ると少なくとも300年以上は今の場所にあるみたいです。
それ以上はわかりません。お寺よりも以前の情報調べるのは困難ですね。
三重県の鈴鹿市ですが、市川という名字が固まっている地域もあります。佐久間の名字もあり、おそらく平氏三浦氏の流れの者でしょう、関東から室町中期に幅広く、東海地方にも流れたとの事です。きっと遡ると同じ所にたどり着きますね。
市川 | 2014/08/31 03:48
縮小 拡大

ログインしておくと、後で編集が可能です。

Rottel内コンテンツ

ユーザー一覧

Rottelとは?
利用規約
開発飲料
利用者の声
ヘルプ
close